ウズベキスタンに行くまで(2)

ウズベキスタンという国にたいして縁もゆかりも関心もなかったが、自分の顔に似ている人々がいるらしい、というそれだけのことで、一気に興味が湧いてしまった。

ただ渡航情報を見てもいまいちピンと来ず、真っ青な建物群の写真を見て憧れながらもなお、耳元では川平慈英の声をした博多華丸が「ウズベキスタン」とささやくのみであった。ガンバレ、ニッポン。

それから「卒業旅行」がちらつきはじめた頃、現実逃避として論文を書く合間に航空券を物色しはじめた。友人とのスペイン行きがたち消えたので、もうちょっと自分が行きたい場所を吟味してみようと考えた。メキシコシティにマリアを見に行くか、やっぱりグラナダか、もう一回イスタンブールでサバサンドを食べてもいいし、鏡の中の瞳に乾杯をするためにカサブランカに行っても、神の国マラケシュに行っても*1、ホテルの窓から壁の下の恋人たちを眺めるためにベルリンに行ってもいいかとも考えた。ただ、友人の誘いに軽く乗ってイスタンブールに旅行したこと、大学で選択必修だったためになんとなく東洋哲学の講義を聞いていたこと、何本か観たイランの映画が面白かったこと、家族に受けた多大なる影響下にあることを自覚したこと、だいたいそんな意識があった。

相変わらず脳内の華丸が慈英ボイスでささやき続けていたのだが、ぐうぜん、家の近くにあるバールでお客さんでウズベキスタンの人がいると教えてもらった。それで、ウズベキスタンに行ってしまおうと決めた。たいして長くもない人生を振り返っても、最も琴線からほど遠いところにあったものが、急に近づいた。パソコンでぽちぽちやるだけで中央アジアに行けてしまうなんて、すごい時代だとどきどきした*2

天文台が面白そうだし、治安もよさそうだし、ちょっと遠め。オッケーGoogle、私はウズベキスタンに行く。それにメキシコはツアーで行ったほうがよさそうで、キューバに行くなら葉巻を片手にクラシックカーに乗りたい。どうせならフランス語をやり直してからモロッコに行ってリヤドを借り切りたいし、だとしたら一人旅で千夜一夜物語を読んでみてもあまりにさみしい。新幹線さえ修学旅行でしか乗ったことないんだから、初めてアフリカ大陸に行くなら、相応の勇気と、楽しめる教養と、一緒に行く人が欲しかった。それに、ベルリンには友人に会いたかったことと美味しいビールを飲みたいという以外に、いま行く理由が見当たらなかった。

*1:のちにバイト先の常連客(モロッコ人)に聞いたが、「カサブランカ」はハリウッド映画でモロッコでロケしたわけじゃないから、ビルばっかのカサブランカなんかより砂漠に行けとのことだった

*2:オードリー若林の『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を思い出す